今回はフランスの犯罪コメディ映画『女王陛下のダイナマイト』です。
原題 « Ne nous fachons pas » は「カッカする (怒る) のはよそうぜ」てな意味ですが、どうしてこの邦題にしたのかナゾです。
確かにダイナマイトはいっぱい出てくるし、英国女王と思われる肖像画も映り込むから関連性は理解できるんですが、なんだか児童小説みたいなタイトルになってしまって…
この原題は作品の中で、セリフとして2回ほど出てきます。この正確なタイトルが頭に入ってる状態で聞いたら、ものすごく効果的な文なだけに、ちょっとモッタイないです。
原題を崩壊させて文句なく秀逸な邦題をつけたのは、ゴダールの『勝手にしやがれ』ぐらいかなと個人的には思っています。
でもこの映画、なかなか良いですよ。心身疲れてボ~としてる夜なんかにオススメです。コメディといってもギャグ系ではなく、ひねりの効いたオシャレな会話が笑わせてくれます。
『女王陛下のダイナマイト』 原題 « Ne nous fâchons pas » 監督 ジョルジュ・ロトネル 脚本台詞 ミシェル・オディアール 出演 リノ・ヴァンチュラ ジャン・ルフェーブル ミシェル・コンストンタン ミレイユ・ダルク 公開年 1966年 上映時間 100分 ジャンル 犯罪・コメディ
Table des matière
あらすじ
アントワンヌは元ギャング。今は足を洗ってボートレンタル会社を経営している。
ある日、昔の共犯者2人が彼を訪ねてくる。警察に追われている2人は、イタリアへ逃避するためのボートとお金をアントワンヌ から借りる。その借金4万フランは、ミシャロンという貸しのある詐欺師から取り立てるよう言って去っていく。
アントワンヌ はそのミシャロンとやらを探しに行く。昔の友人で今はレストランをやっているジェフのおかげで、ミシャロンを見つけ出す。
しかし詐欺師ミシャロンは英国人マクリーン大佐とやらにも追われている身で、アントワンヌ とジェフはそれに巻きこまれてしまう。
英国人大佐はジェフの家や車にダイナマイトを仕掛け、3人を執拗に追いかけ殺しにかかる。昔とは違いすべてを温和に対処したかったアントワンヌの堪忍袋の緒がついに切れ、同じくダイナマイトで応戦する。
感想
力を抜いて、ゆるく楽しめる映画です。
ちょい乱暴なアントワンヌ (ヴァンチュラ) と、いつも冷静なジェフ (コンストンタン)、臆病で冴えない風体のわりに超美人 (ミレイユ・ダルク)を妻に持った詐欺師ミシャロン (ルフェブル)。
彼ら3人をダイナマイトで追い回す英国ギャングの大佐も、赤いモペッドに乗る若いボーイズに囲まれた、60年代の英国ロック調な設定にしてあったり、なかなか個性豊かな登場人物たちばかりです。
ミレイユ・ダルクが出てくる後半部に入ると、作品がちょっと失速しますが、彼女の存在で乗り切れます。
本作は「監督ロトネル・会話オディアール・俳優ヴァンチュラ」のコンビ3作目。
1作目は « Les Tontons Flingueurs » 2作目は « Les Barbouzes »。とくに1作目は名作で、今でもフランス人の映画ファンの間では、高く評価されている作品です。
脚本家オディアールの書くディアログは、彼のファンがいるくらい素敵なものが多いのですが、日本語に訳しづらいためか、この前作2本は日本語訳されていません。 よってこの3作目も、オディアールの会話を楽しむ要素が強い作品であると言えます。
ですが、コメディ映画の笑いの要素は、よく書かれた質のよい会話だけではダメで、そのディアログをいかに生かすことができるかも大切。監督と俳優たちの力量にかかっているわけです。その意味で「ヴァンチュラ・ロトネル・オディアール」のトリオは、非常に高く評価されています。
映画冒頭のヴァンチュラが薬局で、車運転中に通行人といざこざになり、ケガさせた件で警部に尋問される、本作のカルト的場面。ここも、脚本家オディアールのウイットが効いている例です。
冷静かつ礼儀正しく返答するヴァンチュラが、徐々にいい加減なことを言い始めます。
「運転していたオープンカーの中から、この (外にいた) 男性のネクタイを引っ張ったのは、まあ良くなかったけどね…それだけですよ」というヴァンチュラに警部は、「…それで男性は頭にケガをしたのか?」と訊きます。
しかしヴァンチュラは飄々と「車を替えてオープンカーじゃないの、忘れてたんですよ。」(なので車の枠で男性はケガを負った)とか言うのです。本当は自分が殴ったんでしょうね。言葉だけではサラッとしてしまいますが、画面で観たらとても面白いシーンです。
ちなみにこの警部役の俳優さん、仏語版『刑事コロンボ』のピーター・フォークの吹き替えをした声優です。フランス人たちにしたら、コロンボが犯人に事件に関して言及している姿を連想させるようで、かなり笑わせる場面のようです。
オディアールの会話の面白さが味わえる箇所は、その他にもあります。
殺した若い英国人の死体を処分するために、剥製師の家に死体を持ち込む場面。ここの年老いた剥製師とのやりとりも笑わせてくれます。
また、英人大佐が「君の車は4人乗りなのに、どうして私の可愛い部下はトランクに入れられたのかな?」(もちろん死体になってたから。)とヴァンチュラに説明を求めるクダリもそう。
どの場面も『演出・セリフ・演技』が上手くまとまって、質の高い笑いが完成しています。その « 笑い » も時代の流れに左右されないエスプリが効いたもので、決して子供じみたものでもなく、上質な大人のフレンチコメディといえる作品です。
おまけ
この映画の撮影でヴァンチュラは「ちょっと難しい人」になっていました。
仕事の依頼が来た時ヴァンチュラは、監督ロトネルに『アントワンヌが卑劣なやつでないこと』と『キスシーン・下着でウロウロするようなシーンがないこと』を求めます。
そして撮影中もヴァンチュラは、アントワンヌの人物像を『ジョン・ウェイン風の厳格マッチョなもの』に変えることを求めます。ですが脚本家たちはそれを却下。
おまけに、監督ロトネルとも自分の気に食わないシーンに関してぶつかり、オディアールが脚本を手直しするためにわざわざ南仏まで出向くことがあったようです。
ちなみにあの印象的な橋の爆破シーンですが、南仏グラース近郊の鉄道廃線跡であったマルヴォン高架橋の取り壊し作業を、上手く映画撮影に活用することができたそうです。