みなさん、こんにちは。

今日はギャバンとベルモンドが共演する、ヴェルヌイユ監督の傑作【冬の猿】を紹介します。

 

親子くらい年の離れた男ふたりが「酔い」をかすがいに、友情を培ってゆく話。

どちらかというと、人生の辛酸をなめてきた中年以上、かつ酒飲みに嫌悪感を抱かない人向け…

でないと、ただの酔っ払いを描いた映画に見えます。

 

「酔い」に見る旅の郷愁と、夫婦の愛と理解について描いた、監督ヴェルヌイユの超名作。

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作品情報

『冬の猿』

原題  « Un singe en hiver »
監督  アンリ・ヴェルヌイユ
台詞  ミシェル・オディアール
音楽  ミシェル・マーニュ

出演 (役) ジャン・ギャバン 
     ジャン-ポール・ベルモンド 
     スザンヌ・フロン 

公開年   1962
上映時間  99
ジャンル  ドラマ・コメディ

あらすじと結末

1944年ノルマンディー。その昔、中国への遠征軍隊長であったアルベール (ギャバン) は、現在ホテルを経営している。友人エノーと共に、町の娼館ジョルジーナで呑んでは、中国遠征の思い出話をしていた。

そんなある日、町は爆撃を受ける。アルベールは妻スザンヌ (スザンヌ・フロン) とホテルの地下に避難する。その爆撃をやり過ごす間、アルベールは妻に誓う。もしホテルがこの爆撃から残ったら、もう酒は飲まないと。

それから15年。ある秋の夜、ひとりの若い男フケ (ベルモンド) がホテルに到着する。到着早々に彼は酒場へ出向き、自分の不幸な結婚を嘆き、スペインと闘牛に想いを馳せては、ヘベレケになるまで飲んだ。

翌日フケは、10才になる自分の娘マリーに会いに寄宿舎へ行くが、町のよろず屋で買った手土産のセーターだけを残して、娘に会わずに立ち去る。

ある日、昼間から酔っ払っているフケは、町を走るクルマ相手に闘牛をやって騒ぎたて、警察に連行される。フケを警察から引き取ったアルベールは、懐かしの店ジョルジーナに彼を連れて行く。ふたりは夜まで酒を飲みたおす。

酔っ払ったふたりは、フケの娘のいる寄宿舎で大騒ぎ。そして、町のよろず屋店主ロンドリュとともに、浜辺で大量の花火を打ち上げる。騒ぎに町中の住民が家から飛び出すも、みんな花火に見とれる。

翌朝、ふたりがホテルに帰ると、ロビーにはフケの娘マリーが父親の帰りを待っていた。妻スザンヌは取り立てて何も言わない。アルベールは列車で父親の墓参りに行く支度をする。アルベールとフケとマリーは、スザンヌの運転する車で駅へと向かう。

列車の中でアルベールはマリーに、中国の猿の話をして聞かせた。乗り換えの駅に着き、アルベールは列車を下りてホームのベンチに腰掛ける。その後ろ姿を、フケとマリーは動き出す列車の窓からじっと見送る。ちょうど長い冬の始まりの日。

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感想

美しい映画です。フィルムは白黒だし、ストーリーも派手なわけではなく、どちらかと言うと地味。でも本当に繊細な感性をもった作品です。

60才前のギャバンと30才前のベルモンド。キャラも演技も異質なふたりのコンビが、まるで本当の親子みたいに自然に馴染んで見えます。

引退間近のギャング役のイメージが強いギャバンは、この作品では「酒の酔いで旅するのが大好きなオッサン」を生き生きと演じます。

ベルモンドは相変わらずチャラ男っぽいんですが、それがいい具合に「猿」。若いのに、芯の通った安定感ある演技です。

そして忘れてならないのは、オディアールの台詞まわし。詩的で美しく、時には可笑しい台詞がそこら中に散りばめられています。そこへミシェル・マーニュの音楽が華を添える、珠玉の作品。

はげしい爆撃の中、身を潜めるホテルの地下室で、怖がる妻に「酒を飲め!」と無茶なことを言うアルベール。彼は妻に、ホテルが爆撃から残ったら酒断ちをする宣言をし、最後の一杯とやらを豪快に飲み干します。

以後15年間、彼は飲んでいませんでした。「酒を減らしたら、自分は別人になってしまう。そんなのイヤだ!」と言っていたように、すっかり面白くない人間になっていたアルベール。

ところがある日、一匹のまよい猿フケがホテルに現れます。彼は結婚生活に悩み、スペインと闘牛に想いを馳せ、ベロベロになるまで酒を飲むのです。そんなフケの姿が、アルベールには昔の自分と重なり、心が揺れます。

フケの登場でアルベールが揚子江の話をまた持ち出し始め、酒を再開するのではないか?と気が気でない妻スザンヌ。

そんな妻にアルベールはこう言います。「おまえは妻の鏡だ。長所をいっぱい持ってるし、見た目も美しいままだ。もしできるのなら、今また改めておまえと結婚するさ。だけどな、おまえ、ウルサイんだ優しくて、愛情深くて、愛でもって俺をウンザリさせてるウ・ザ・イ・んだよー ‼︎

このスザンヌも、愛する夫を心配するあまり、夫を拘束してしまっていることに気づいていない妻の典型です。

夫を刺激しないでとフケに牽制をかけつつも、夫には「なんなら食事の時にグラス半分くらい飲んだら?」と提案するスザンヌ。この時のアルベールの返しがまた絶品。「グラス半分?恋しいものがあるなら、それは酒じゃない。 « 酔い » だよ!」 

でも、アルベールもちゃんと妻の愛を理解しています。浜辺でフケと散歩をしている時に、アルベールは彼に聞きます。

「お前、なんで酒を飲むんだ?」「その質問はすでにされたことがありますねぇ、校長先生!」とふざけるフケにアルベールは続けます。「君のことをとても愛してる人からだろ?」「… 多分ね。 妻は週に3回はその質問をしてきたから。きっと僕のことを熱愛してんだろうなあ!」

妻の愛を理解し、妻を愛しているからこそ、禁酒したアルベール。でも自身が持つ冒険心を満たしてくれる「酔い」が恋しい。作品前半はその葛藤をじっくり描きます。

ある日フケは、酔って道路を走る車相手に闘牛ごっこをやり、騒ぎを起こします。アルベールは警察からフケを引き取り、懐かしのジョルジーナの店に彼を連れて行きます。

そして、ついにアルベールは、昔よく飲んだ中国酒に手を出します。アルベールもフケも、彼らが言う « le vin petit et la cuite mesquine » (ちょっとのワインでミミッチイ酔い) 「ほろ酔い」なんてケチな飲み方はしません。

酔ってノリノリになったふたりは、そこからはやりたい放題。よろず屋の店主を巻き込んで浜辺で打ちげ花火をし、町を騒がせます。そのよろず屋ロンドリュも、愛すべきキャラクターの持ち主。

アルベールとフケの高揚がマックスになった頃、ホテルではスザンヌが悶々としながら、夜の町の騒ぎに耳を傾けています。その晩、アルベールはホテルに帰らず、フケと浜辺で寝込んでしまいます。

 

騒ぎの翌朝。祭りのあとの静けさが、ヒシヒシと伝わってくる終盤。夢から現実へ、熱の冷める様子が見事に描かれます。まるで、厳しい親に無断で夜遊びした若者が、翌朝家に帰る時のような気配。

ホテルに戻ると、ロビーでフケの娘マリーが父親の帰りを待っていました。父娘の心温まる再会のかたわら、スザンヌとアルベールの間の微妙な空気。でも妻は、酒飲んで騒いで朝帰りした夫に、何も言いません。アルベールも何も言わず、階段でのすれ違いざまに一言「今から墓参りへ行く」とだけ言います。

3人を駅まで車で送ったスザンヌは、ホームへ向かう彼らの後ろ姿を、じっと無言で見送ります。

 

列車の中で、アルベールがマリーに語る中国のサルの話。

「中国では初寒を迎えるころ、人里に迷い子猿がおりてくる。住民は猿にも魂があると信じてるので、子猿たちが仲間と再会できるよう、人々はできる限りの手を尽くして、子猿を森へ連れ戻すのさ。だから中国には、子猿でいっぱいになった、ジャングルへ向かう列車を見かけることがあるんだ

フケとマリーは、ベンチに座って乗り換え列車の到着を待つアルベールの背中を、走り去る列車の窓から見送ります。そして、マリーが聞きます。「ねえパパ、彼はその冬の猿たちを見たと思う?」  « FIN » の代わりにフケがこう答えて、映画は終わります。

「ああ、少なくとも一匹はね。」 

冬の初めに迷子になって町に出てきた猿を、列車に乗せて本来いるべきところへ帰してやったアルベール。人間の喜怒哀楽を繊細に描いた、おそらく監督ヴェルヌイユの最高傑作だと思います。

おまけ

『冬の猿』は完成当初、「アルコール摂取を擁護している作品」だとして、検閲委員会のOKをなかなかもらえませんでした。

おまけに厚生省は、ギャバンとベルモンドが酔っ払ってる場面で、「お酒のブランドがはっきり分かりすぎる」として憤慨。そして監督ヴェルヌイユは、フランスのメトロ・ゴールドウィン・メイヤからも、作品は「単に酔っ払いのストーリー」だとして出資を拒まれます。

最終的には無事、委員会とMGMの了解は得られることができましたが、ヴェルヌイユはかなり苦労したようです。

そしてギャバンとベルモンドの初共演に関して。

俳優としての大キャリアを確立していた60近いギャバンと、若くして人気が出ていた30近いベルモンドの関係は、当初は冷ややかなものでした。撮影最初の1週間はお互い口をきかなかったそうです。

ところがある時、ひょんなことからお互いスポーツ誌を愛読しているのが分かり、それからふたりはとても仲良くなります。とくにギャバンはベルモンドをとても可愛がったようです。