エクリュジエ
とある夏の終わり、ブルターニュ地方に住む、知人夫婦の家を訪ねた。
彼らの家はまさしくポツンと一軒家で、森の外れ、川の辺りに立っている。
自然が大好きな彼らにとって、森と水辺の両方があるこの場所は楽園だそう。
彼の方は長いこと海の仕事をしていたが、現在は自宅前にある水門の管理をしている。
水門番、フランス語でエクリュジエとよばれる職種である。
この日、みんなで昼アペロをしていると、何やら外で音がする。
一隻のオランダ船が川を上ってきたもよう。
彼はグラスをテーブルに置くと、ちょっと行ってくると言って外に出た。
もちろん私もついていく。
閘門は、ゲートの開閉で水位を操作し、船が川を上ったり下りたりするのを助けるシステム。
パリのサン・マルタン運河の数ある閘門がそうであるように、今の時代てっきり電動だろうと思ったら、ここは手動だった。
彼は大きなハンドルをゆっくり優雅に回して、門扉を開けたり閉めたりしている。
私は初めて間近で見る水門の作業に、すっかり見入ってしまった。
流れ出る水の音もまた、耳に心地よかった。
一連の作業が完了するまで、優に15分以上。
なかなか気の長い仕事である。
どんよりしたブルターニュの曇り空に映える、青いヨットの美しさもあってか、散歩の人も犬も足を止め、しばし水門のスペクタクルに見入っていた。